人権の分類と人権の享有主体

前回までは、憲法の総論の部分の解説をしてきました。

今回からは、人権の部分の解説に入っていきます。

行政書士試験でも、頻出の分野ですので、人権の分野については、条文だけでなく判例についてもしっかりと勉強していきましょう



人権の分類

人権とは、人間が生まれながらにして当然に持っている権利のことです。

ただ、一口に人権と言っても、さまざまな人権があります。

そこで、これらの個別的人権をその性質に応じて分類し、その特徴を明らかにすることで、人権についての理解が深まります。

人権は大別すると、自由権、参政権、社会権に分けることができます。

自由権

自由権は、国家が個人の領域に対して権力的に介入することを排除して、個人の自由な意思決定と活動を保障する人権です。

その意味で、「国家からの自由」とも言われ、人権体系の中心をなす重要な権利です。

自由権はさらに、精神的自由権、経済的自由権、人身(身体)の自由に分けられます。

精神的自由権

精神的自由権は、学問・表現などの精神的活動を行う自由です。

精神的自由権は、内面的な精神活動の自由(思想の自由、信仰の自由、学問研究の自由)と外面的な精神活動の自由(宗教的行為の自由、研究発表の自由、表現の自由)に分けられます。

経済的自由権

経済的自由権は、職業選択の自由や選んだ職業で仕事をする自由などの経済的活動を行う自由です。

人身(身体)の自由

人身の自由は国家から不当に身柄を拘束されない自由のことです。

不当な逮捕・拘留などの身柄拘束を受けない自由です。

参政権

参政権は、国民の国政に参加する権利であり、「国家への自由」とも言われ、自由権の確保に仕えます。

具体的には、選挙権や被選挙権があります。

選挙を通じて、自分たちの意思を国政に反映させることで、自分たちの自由権を確保できるという関係にあります。

社会権

社会権は、資本主義の高度化にともなって生じた失業・貧困・労働条件の悪化などの弊害から、社会的・経済的弱者を守るために保障されるに至った20世紀的な人権です。

「国家による自由」とも言われます。

国家が何ら積極的な措置をとらず自由な競争に任せたならば、強者ばかりが生き残り、社会的弱者は生活するのが難しくなります。

その弊害から国民の生活を守るために、国家の積極的な配慮を求めることができる権利です。

例えば、生活保護法や、いわゆる失業保険と呼ばれる雇用保険法などが具体化立法です。

人権の分類まとめ

以上の基本的な分類を踏まえて、日本国憲法における人権を細かく分類すると以下の6つになります。

  1. 包括的基本権(13条)
  2. 法の下の平等(14条)
  3. 自由権
  4. 受益権(国務請求権)
  5. 参政権
  6. 社会権

分かりやすく樹形図にまとめると以下のような図になります。

人権の分類

この人権の分類は覚えておくといろんな場面で役立ちますので、樹形図にして覚えてしまいましょう。



人権の享有主体

人権の享有主体とは、いかなる者に人権が保障されるのかという問題です。

人権は、人種、性別、身分などの区別に関係なく、人間である以上当然に享有できる普遍的な権利です。

しかし、日本国憲法は、世襲天皇制を定め、また、第3章に「国民の権利及び義務」という表題をつけていて、文言上は、人権の享有主体を一般国民に限定するかのように読めます。

そこで、一般国民の他にいかなる者が人権を享有するのかが問題となります。

人権享有主体で主に問題となるのは、以下の4つです。

  1. 天皇・皇族
  2. 法人
  3. 外国人
  4. 未成年者

それでは、1つずつ見ていきましょう。

天皇・皇族

天皇・皇族も日本の国籍を有する日本国民であり、人間であることに基づいて認められる人権は保障されます。

ただ、皇位の世襲と職務の特殊性から必要最小限度の特例が認められます

例えば、国政に関する権能を有しない天皇には、選挙権・被選挙権等の参政権は認められません。

天皇が衆議院選挙等に立候補するというのは、普通に考えてもちょっと違和感がありますよね。

また、婚姻の自由、財産権、言論の自由などに対しても一定の制約があります。

天皇や皇族が、特定の政党を擁護する発言や批判する発言をするのも、選挙の結果に与える影響を考えると好ましくないですよね。

法人

人権とは、人間が生まれながらにして当然に持っている権利のことなので、本来、自然人(生身の人間のこと)でなければ人権享有主体が認められないはずです。

しかし、法人の活動が自然人を通じて行われ、その効果は究極的には自然人に帰属することになります。また、法人は現代社会において一個の社会的実体として重要な活動を行なっています。

そこで、判例・通説は、法人についても権利の性質上可能な限り人権が保障されるとしています(八幡製鉄事件:最大判昭45.6.24)。

もっとも、人権は個人の権利として生成し発展してきたものなので、それを法人に認めると言っても限定的に解することが必要です。

例えば、選挙権や人身の自由などは法人には保障されません。

このように、法人に対して人権保障が及ぶとしても、その保障の程度は自然人の場合とは当然に異なります。

法人の人権享有主体については、重要な判例がいくつかあります。その中でも特に重要な判例を2つ紹介します。

八幡製鉄事件(最大判昭45.6.24)

事案

八幡製鉄(現在の新日本製鉄)の代表取締役が自由民主党に対して政治献金をしたため、同社の株主がその行為の責任を追及する訴訟を提起し、この政治献金が会社の定款の目的の範囲外の行為であり無効ではないかが争われた。

結論

目的の範囲内の行為であり有効である。

判旨

法人の人権享有主体性

憲法第3章に定める国民の権利及び義務の各条項は、性質上可能な限り、内国の法人にも適用される

会社の政治献金の自由

会社は、自然人たる国民と同様、国や政党の特定の政策を支持・推進し又は反対するなどの政治的行為をなす自由を有する。政治資金の寄附もまさにその自由の一環であり、会社によってそれがなされた場合、政治の動向に影響を与えることがあったとしても、これを自然人たる国民による寄附と別異に扱うべき憲法上の要請があるものではない

南九州税理士会政治献金強要事件(最判平8.3.19)

事案

強制加入の公益法人である税理士会が、税理士法改正運動のため南九州各県税理士政治連盟(税政連)への政治献金目的で、特別会費徴収決議をしたが、これに反対する税理士がこの会費の納入義務がないことの確認と損害賠償を求めて出訴した。そこで、当該寄付が法人である税理士会の目的の範囲といえるかが争われた。

結論

決議は無効である。

判旨

税理士会は強制加入の団体である以上、その構成員である会員には、様々な思想・信条および主義・主張を有する者が存在することが当然予定されており、税理士会が決定した意思に基づいてする活動にも、そのために会員に要請される協力義務についてもおのずから限界がある。したがって、税理士会が政党など政治資金規正法上の政治団体に金員の寄付を行うことは、たとえ税理士に係る法令の制定改廃に関する政治的要求を実現するためのものであっても、税理士会の目的の範囲外の行為である。

2つの判例の結論が違う理由を考えよう

法人にも権利の性質上可能な限り人権が保障されますが、法人の持つ巨大な経済的・社会的な実力を考慮すると、一般国民の政治的自由を不当に制限する効果をともなったり、法人内部の構成員の政治的自由と矛盾・衝突したりする場合があるので、自然人とは異なる特別の制限に服すると考えるべきです。

そもそも、人権は自然人に生まれながらにして当然に認められる権利です。

法人に人権を認めることで、自然人の人権が不当に制約されるようなことがあっては、本末転倒ですよね。

つまり、法人に人権を認めることで、法人と一般国民との間と、法人内部の構成員との間で人権同士が衝突する場合があるのです。

法人と一般国民との人権の衝突と法人内部の構成員同士の人権の衝突

例えば、政治献金で考えると、自然人である一国民が寄付できる金額と法人が寄付できる金額では大きな差がありますよね。

巨大な法人であれば、自分たちの会社の利益になるような法律の制定改廃のために、政権与党に対して、莫大な資金を寄付することも可能です。

しかし、特定の会社や業界に有利な法律ができることによって、一般国民の人権が不当に制限される可能性がありますよね。

また、法人の中にはたくさんの構成員がいます。

自分たちの会社に有利な法律の制定改廃のために、政権与党である自民党に政治献金をするのは会社にとってはいいのですが、その中にいる全ての構成員にとって良いとは限りません。

中には共産党の支持者で自民党が大嫌いで、絶対に自民党になんか政治献金をしたくないという主義・主張を持っている人もいるでしょう。

にも関わらず、法人の決議で、自民党に政治献金をすることが決議されて、自分たちも強制的に協力させられるということになれば、法人の政治献金の自由と法人の中にいる構成員の政治献金の自由が衝突することになります。

したがって、法人に無制限に人権を認めるわけにはいかず、自ずから限界があるということになります。

さて、八幡製鉄事件と南九州税理士会事件では判例の結論が真逆になっています。

八幡製鉄事件では、政治献金は会社の目的の範囲内の行為で有効とし、南九州税理士会事件では、政治献金目的の特別会費徴収決議を税理士会の目的の範囲外の行為であり無効としています。

ともに、政治献金が問題となっており、法人と内部の構成員の政治献金の自由が衝突している事案ですが、どうして2つの事件で判例の結論が真逆になっているのでしょう?

少し難しいですが、こういう似ている判例を比較して、共通点と相違点を考えるのが、頭の訓練になり、憲法の理解が深まります。

決定的な違いは、八幡製鉄事件で問題になっているのは営利法人である会社で、南九州税理士会事件で問題になっているのは、強制加入の公益法人である税理士会です。

2つの事件とも、法人と内部の構成員の政治献金の自由が衝突している事案です。

八幡製鉄事件の方は営利法人である会社なので、利益を追求するために幅広い活動が認められますし、構成員である株主は、会社のしていることと自分の主義・主張とが合わず気に入らなければ、株を売却して株主をやめればいいだけです。

株主はいつでも自由に株を売却することで法人を脱退することができるのです。

他方で、南九州税理士会事件の方は、強制加入の公益法人である税理士会なので、活動できる範囲は公益目的に限定されますし、構成員である税理士には事実上脱退の自由が認められていません。

税理士は税理士会に加入していなければ、税理士としての業務を行うことができませんので、事実上脱退の自由が無いのです。

税理士会が自分の主義・主張と合わない決議をしたとしても、会社の株主のように自由に脱退することができないのです。

特に政治的な主義・主張というのは、個人の尊厳に関わるような場合があるので、特に配慮が必要です。

判例もそのことを考慮して、「政党など規制法上の政治団体に対して金員の寄付をするかどうかは、選挙における投票の自由と表裏を成すものとして、会員各人が市民としての個人的な政治的思想、見解、判断等に基づいて自主的に決定すべき事柄である。団体に金員の寄付をすることは選挙においてどの政党またはどの候補者を支持するかに密接につながる問題だからである。このような事柄を多数決原理によって団体の意思として決定し、構成員にその協力を義務付けることはできない」と述べています。

このような違いがあるため、2つの判例は似ているにも関わらず結論が真逆になっているのです。

比較して共通点と相違点を考えるというのは、法律の勉強をする上で非常に大事なことなので、この2つの判例は良い頭の訓練になると思います。

他に群馬司法書士会事件(最判平14.4.25)という重要な判例もあります。余裕があれば八幡製鉄事件と南九州税理士会事件と比較して、どこが同じでどこが違って、どのような理由で判例の結論が出ているのかというのを考えてみて下さい。

外国人

憲法第3章の表題が「国民の権利及び義務」となっていることから、外国人には人権が保障されないのではないかが問題になります。

文言上は、「国民の」となっており「人の」となっていないので、日本国民以外には人権が保障されないとも思えるのです。

しかし、人権は人間が生まれながらにして当然に持っている権利であり、前国家的・前憲法的な性格を有するものなので、判例は「権利の性質上日本国民のみをその対象としている解されるものを除き、人権規定の適用がある」としています(マクリーン事件:最大判昭53.10.4)。

判例の言い回しが八幡製鉄事件の時と少し違うのに気づいたでしょうか?

八幡製鉄事件では「法人にも権利の性質上可能な限り人権が保障される」と述べ、マクリーン事件では「権利の性質上日本国民のみをその対象としていると解されるものを除き、人権規定の適用がある」と述べています。

つまり原則と例外が逆転しているのですね。

法人の場合には、原則として人権は保障されず、権利の性質上可能なものは例外的に保障されると言っています。

他方で、外国人の場合は原則として人権が保障され、例外として、権利の性質上日本国民のみをその対象としていると解されるものは保障されないと言っています。

これは、外国人は自然人であり、広く人権を認めるべきという考え方があるためですね。だから原則として人権が保障されるのです。

他方で、法人はあくまで利便上の都合で法的に認められた存在にすぎず、自然人ではないから、それほど広く人権を認める必要はないという考えがあるためです。だから原則として人権は保障されないのです。

では、外国人にはどのような人権が保障され、どのような人権が保障されないのでしょうか?

外国人に保障されない人権

外国人に保障されない人権の代表的なものとして、参政権、社会権、入国の自由があります。

参政権

参政権は、国民が自己の属する国の政治に参加する権利であり、その性質上、当該国家の国民にのみ認められる権利であるので、狭義の参政権(選挙権・被選挙権)は外国人には保障されません。

外国人の地方選挙権

しかし、地方レベルにおける選挙権は、永住資格を有する定住外国人(いわゆる在日韓国・朝鮮人)には認めることもできると解されています。

判例も定住外国人に法律で選挙権を付与することは憲法上禁止されていないとしています(最判平7.2.28)。

永住資格を有する定住外国人の場合は、普通の外国人と異なり、生活の実態は日本人とほとんど変わりがなく、安全保障などと関係なく生活に密着した地方レベルの選挙権であれば、認めても住民自治に資するので問題無いと考えられるからですね。

外国人の公務就任権

外国人に公務就任権が保障されるかが問題になりますが、判例は保障されないとしています(最大判平17.1.26)。

判例の事案は、外国人である東京都の職員が管理職選考試験を受験しようとしたところ、日本国籍を有していないことを理由に拒否されました。そこで、この拒否処分が法の下の平等を定めた憲法14条1項に反するのではないかが争われました。

判旨は、地方公共団体が、日本国民である職員に限って管理職に昇任することができることとする措置を執ることは、合理的な理由に基づいて日本国民である職員と在留外国人である職員とを区別するものであり、このような措置は、憲法14条1項に反するものでは無い、としています。

社会権

社会権も、各人の所属する国が保障すべき権利ですが、参政権と異なり、外国人に対して原理的に認められないものではありません。

財政事情等の支障がない限り、法律において外国人に社会権の保障を及ぼすことは憲法上なんら問題はありません。

外国人の社会権が問題になったのが塩見訴訟(最判平元3.2)です。

塩見訴訟(最判平元3.2)
事案

帰化により日本国籍を取得したXが、知事Yに対して障害福祉年金の裁定を請求したところ、Yは国民年金法上の国籍条項に基づいてXの請求を却下する処分を行った。そこで、Xが右処分の取り消しを求める訴訟を提起し、国籍条項が憲法25条に違反するかどうかが争われた。

結論

合憲

判旨

限られた財源の下で福祉的給付を行うに当たり、自国民を在留外国人より優先的に扱うことも許されるべきと解される。

入国の自由

入国の自由は外国人には保障されません(最大判昭32.6.19)。

外国人の入国規制は、国際慣習法上、国家が自己の安全と福祉に危害を及ぼすおそれのある外国人の入国を拒否することは、主権の属性として国家の裁量に委ねられているからです。

入国の自由と関連して、再入国の自由も外国人には保障されません(森川キャサリーン事件:最判平4.11.16)。

再入国というのは、在留中の外国人が、その在留期間満了日までに日本に入国することを前提に出国することを言います。

再入国の場合、外国人にとっては生活の本拠地に帰る自由という側面があるので、全くの新規入国とは異なるのではないかと思えるのですが、判例は「憲法上、外国に一時旅行する自由を保障されるものではない」として外国人の再入国の自由は保障されないとしました(森川キャサリーン事件:最判平4.11.16)。

未成年者

未成年者も日本国民である以上、人権享有主体性が認められます。

ただし、未成年者は成年者と違って、未だ成熟した判断能力を持たないので、未成年者とは異なった制約に服することがあります(パターナリスティックな制約)。

最後に

今回は非常に長い解説になりました。

人権という重要な分野であり、たくさんの重要判例が出てきます。

ここで紹介した重要な判例については、結論だけではなく、事案と判旨もしっかりと読んでおくことが重要です。

行政書士試験において、人権の分野については判例からの出題も多いので、できれば、憲法に関しては、判例百選を買っておいて、重要判例は何度も読み込むようにしておきましょう。

重要な分野についての解説は長くなってしまいますが、それでもかなり端折って解説しています。本当は、もっとたくさん解説しなければならないことがあります。

なので、ここで解説したことは最低限必ず理解しておくようにして下さいね。



Follow me!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です